日本理化学工業株式会社

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企業フィランソロピー大賞 特別賞 社会共生賞

2005年2月1日 日本プレスセンターのにおいて企業フィランソロピー大賞 特別賞 社会共生賞を頂きました。


社団法人日本フィランソロピー協会 関連サイトへ




「企業フィランソロピー大賞」贈呈式に出席しながら、体調をくずし、スピーチ原稿を代読して頂きましたが、多くの方々の感想を頂き、ここに心から御礼申し上げます。

日本理化学工業株式会社
代表取締役 大山 泰弘(現会長)

以下にスピーチ原稿を掲載させて頂きます。



特別賞 社会共生賞
日本理化学工業株式会社
「障がい者と社会をジョイントする」という経営方針に則した心身障がい者の多数雇用

 日本理化学工業株式会社 代表取締役 大山 泰弘

本日はこのような立派な会場で素晴らしい賞をいただきまして、私にとっては大きな喜びであり、それも多くの方々のご配慮、ご支援のおかげと心から感謝申し上げます。
現在私は、父が作ったチョーク工場で、知的障がい者を従業員四分の三も雇用して、なんとか経営を続けていますが、その障がい者雇用は自分から進んで頑張ってきたのではなく、いろいろな方々の折々のサジェスションによって励まされ、今日に至っただけに、何だか申し訳ない思いがしています。

知的障がい者雇用のきっかけ

例えば、知的障がい者雇用のきっかけは、知的養護学校の先生が卒業予定者の就職依頼に来られて、私が「そういう人は…」と断ったとき、「尋ねた会社には皆断られました。就職できないこの子らは十五歳で親元を離れ、施設に送られ、働くことを知らずに一生を終えてしまうのです。せめて実習だけでもやらせてくれませんか」との言葉に、つい同情して、可哀そうの思いで受け入れたのでした。
また、それから間もなく、すでに引退されましたカバ園長で有名だった西山さんが、まだ上野動物園に勤めておられた頃、テレビを通してこんなことを云われたのを聞いたのです。「最近の上野動物園の動物は自分の産んだ子も育てようとしなくて困っているのです。やはりお腹を空かした子どもの泣き声に必死になって餌を探し求め、荒野を駆けめぐる生活になっていないと、子どもを育てる本能までもなくなってしまうのです」と。保護だけでは動物も駄目になってしまうことを教えられたのです。
その後さらにまた、心に響いたのは禅のお坊さんの言葉でした。私は重度の知的障がい者は施設で保護されていれば、一生楽に暮らせるのに、仕事でいろいろ注意されても、施設に帰りたがらないのを不思議に思って、「なぜかわからないのですが」と尋ねたとき、お坊さんは、一瞬考えると思っていたところ、即座に「当たり前ですよ」と云われました。「大山さんはほどほどに物やお金があるでしょう。それで幸せと思っていますか。究極の幸せは四つです。一つ目は「人に愛されること」、二つ目は「人に褒められること」、三つ目は「人の役に立つこと」、四つ目は「人に必要とされること」です。愛はともかく、あとの三つは仕事で得られることですよ」と。企業は人間みんなが求める究極の幸せを与える場だったのです。企業の大きな使命を教えてもらいました。

一石三鳥の社会貢献

これらの人々のお蔭で働く場が得られない知的障がい者の多数雇用へと決心し、昭和五十年の障がい者多数雇用融資制度によるモデル工場を、この融資制度は従業員中五〇パーセント以上の心身障がい者を雇用し、内二五パーセントは重度障がい者を雇用する事業所に低利で融資する制度ですが、認めてくれましたので、川崎にその工場を作りました。それも一番最初に作ったので、モデル工場の一号となっています。その後、多数雇用のモデル工場が各地にできましたので、重度障がい者多数雇用事業所協議会を作り、国の制度の前進を求める活動を展開しました。法定雇用率設定とそれに伴って助成制度の設置に向け活動しました。
制度も最初は身体障がい者を中心にしたものでしたが、後に知的障がい者も雇用率に算入されるようになりました。この知的障がい者を雇用率に算入することについては、経済団体は強く反対しましたが、それが実現できたのは、我々多数雇用の実績に基づく訴えが通じたからと思っています。
この知的障がい者が一般雇用の対象になったことは、欧米が機会均等の考えで進めているだけに、知的障がい者は一般雇用の対象になっておらず、この制度は日本が世界に先駆け、誇れる部分だと思っています。
私が知的障がい者の雇用を通じて知り得たことが二つあります。その一つが重度障がい者の雇用が一石三鳥の社会貢献になることです。
貢献の一つは、重度の障がい者にも働く場を作ってあげることによって、人間みんなが求める究極の幸せを同じに得られることです。貢献の二つめは、少子化やニートの増加など労働力不足で将来の日本経済の発展が危ぶまれている今、施設で暮らしている多くの重度の障がい者を労働力として活用できれば、日本の経済の発展に貢献できます。重度の知的障がい者の能力の活用には、一般の人がやっていることを、その通り教えようとしてもできません。彼らの理解力に合わせて作業工程を作ってあげることが必要です。たとえば、当社では材料の計量などで、この材料は何、それを何グラム、秤はこうやって使うと教えても無理でした。Aという材料は赤い容器に入れてあり、赤い容器から出したものは、赤く塗ったおもりを秤に乗せればいいだけで計量できるようにしています。交通信号は判る人ですから、判る色で作業の手順を作っています。彼らの理解力をもとに作業設計し、結果が同じであればいいのですから、立派な労働力になります。貢献の三つめは、もし重度の障がい者を施設で保護するとしたら、十八歳から六十歳の四十二年間で一人二億円以上の公の費用がかかっていることから、企業で定年まで働くことができれば、これで財政支出の二億円削減の貢献ができるのです。

日本の共生社会

もう一つ知り得たことは、今は共生社会を目指してと折々に叫ばれていますが、私はその共生社会が日本の祖先、神代の昔には、その共生の生活があったことを知りました。日本の神話辞典に商売繁盛の神様、えびす様は足の出ない障害児であって、当時の土地の人々は、足が出ない、お銭が出ないからと、商売の神様として祀って日々の生活に励んでいたのです。なんともユーモアのある、思いやりをもった共生の文化を祖先の人たちは持っていたのでしょう。この様な祖先を持っていたことに私は日本人として誇りを感じ、同時に祖先が種蒔いた共生の文化を復活させる責任を感じます。
今、私は障害を持とうとも、又高齢であっても生きている間は社会に必要とされて生き続けられる社会、究極の幸せを実感できる共生社会を、法的義務だからでなくて、企業が中核となって構築しなければならないと思います。
企業は利益を出しながらリストラしてはならないのです。しかし、それには、行政が企業に全ての責任を押し付けてはいけません。企業の経済的な過剰負担をカバーする行政の支援、そして、市民も購買運動などで応援する体制づくりが必要です。そんな社会づくりに、ちっぽけな一石ではありますが、この受賞を機に更に頑張り続けたいと思っています。励ましを、ありがとうございました。